内なる太陽と松果体システム

松果体は生命時計として太陽の活動に対応した概日リズムをつくっているという。しかし、松果体が顕在的に働いているのは胎児の時だろう。

太陽に光と影があるように、内なる太陽にもそれがあって、「陰陽(いんよう)」というものを構成する。この内なる太陽がもたらす陰陽の関係が表れるのが胎児における「体表」ということになる。

内なる太陽がもたらす陰陽は、視覚的なものではなく、音響学的なものであると予測できる。胎児は体表、体全体で、羊水の振動を感じ取っていると考えられる。

成人の皮膚でも原始的な感覚能力が潜在していると言われているのはおそらくそのためで、これは、羊水の中の胎児が“体表感覚に基礎付けられながら五感の形成をしている”ということだと思えるわけで、

一般にいわれる五感の基盤が触覚だというのは、実は体表のことであって、体表感覚、つまり胎児的な原始感覚が顕在化する時に、五感のあり方が反転するのだと思われる。(音響学でいわれるゲシュタルト反転。音と空間の図地関係の反転。)

五感における世界像そのものが後退すると、それと入れ替わるように、胎児的な体表感覚の世界が前面化するのである。

その時になにがあるかというと、羊水中の胎児が使っている羊水の振動の分析ロジック、これはいわゆる共感覚的なものだと思うが、そういうのが出ることもあると思うが、(共感覚により音の世界を描いているアーティストがいる)

重要であるのは、胎児の体表の表と裏、つまり陰陽が、母親の陰陽と“組み合って”いるということであり、これはおそらく、胎児と妊婦の「松果体同期」によるものだろう。

(母親側の松果体の能力は潜在化しているので、松果体ではなく、体表ルートで、胎児の松果体にアクセスする。おそらく、妊婦は、五感機能が後退化し、体表感覚や粘膜といった、原始感覚の働きが強くなるのではないだろうか? また、その経過に逆らえば、逆につらくなるだろう。)

重要なのは“反転”であろう。胎児が体表で感じ取る情報(円的な情報、つまり波動)を、母胎が感じ取るためには、“反転”が必要となる。振動の情報は、体表にマッピングされているが、(太鼓の皮が、音を出すのではなく逆にマイクになっていると考えればよい)

響く側が陽であり、響かない側が陰であるが、この陰陽の関係が、胎児と母体とで交替、つまり反転する時に、母子間の信号情報が「ON」となるという通信プロトコルである。

そのような情報システムは、あくまで“胎児が司って”いて、その働きを縄文人は、「冥府の王としての蛇が司っている」と考えたと予測する。死と再生の境目をコントロールする技法そのものが、縄文の「円」としての蛇ではなかったか?

 

※画像:多田文昌氏(ネット検索より)

 

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