カカ、ハハともに蛇の意(その1)

-引用-
 古代の箸は今日のように二本ではなく、一本の細い竹を曲げ撓(たわ)めたもののようである。したがってその形は細身の杓子(しゃくし)に似ていた。スサノヲノ命が出雲の簸(ひ)の川のほとりを歩いておられた時、上流から流れてきた箸もそのような箸だったに違いない。二本の細い箸が連れ立って流れて来ることはあり得ない。もし一本ずつ流れて来たのならそれはただの細い棒であって、「箸だ」と思うわけにはいかない。スサノヲノ命が即座に「箸だ」と思われたのは明らかに細身の杓子形に曲げ撓められた竹の箸であったからにちがいない。それでこそ水の中を流れていても箸と判るのである。したがってこの箸の形は男根を象るものとして絶好である。
-引用-

と、吉野裕子さんの『山の神』p.36に紹介されている。(画像参照)

ニフティ時代のヌースの会合に一度出席したおり、スサノオのオロチ退治の話が出ていて、資料のイラストがとても印象的であった。

オロチ退治に「アメノハバキリ」の剣が使われる。これを「幅斬り」として、オロチを幅、尺度の世界が肥大した、人間の精神の倒錯現象の象徴であるとみなす。

これはおそらく正しいのであろう。

「天羽々斬(あめのはばぎり)。羽々(はは)は大蛇の意。」

資料によれば、カカ、ハハともに蛇の古語である。カガ、ハバなどと濁る場合があるが、元は清音であるらしい。

「カカ、ハハはともに「カ」「ハ」の畳語であり、原語は「カ」「ハ」と推測される。」(『山の神/吉野裕子』P.31 「蛇の古名、ハハとカカ」)

清音が、二つ重なるという点に、独特のニュアンスがもたされているのではないか。

二本の箸の場合、ハとハ(端と端)でものをつかむ。その時に、つかむこと、つかまれたもの。それが「ハバ(幅)」なのか、清音の「ハハ」なのか。

私たちの意識のベクトルは、直線的である。つまり、三次元的である。三次元空間の中で、ものを対象物として対象化し、それを認識し、意味付け、その意味付けられた言葉の世界の中で生きている。それが他者とともに生きる高度な文明生活の条件となっている。

「幅」の世界であり、「尺度」の世界である。その代表的な一般知が、科学であるということになっている。

これに対し、「ハ+ハ=ハハ」は、違うのではないか?

認識における、モノから意識へのベクトルが濁らず、それが即座に、モノへと向かう。その“反転”が、ほとんど即座になされる。即自的である。

そのイメージが、冒頭の、スサノオが「簸の川」でみつけた箸、U字型の古代箸の話とつながるのだが?

オロチ退治、クシナダヒメ救出をめぐり、冒頭にその話が挿入されていることの意味がなんなのかということ。

・・・・・・

図にあるように、ホウヅキの古名が「ハハツキ」である。

ホウヅキ=ハハツキが「蛇の見立て」であるとして、三角形の形状が蛇の頭部、男根相似である、などの特徴。

ホウヅキは、お盆で死者をむかえる時に使われるが、蛇は死界と通じていることで重なっている。

(以前に、ホウヅキをたくさん買ってきて客にくばったところ、そういうわけで、ひんしゅく(?)をかったことがある。キレイなんだけどね(笑))

祖母が、ホウヅキ遊びというのを教えてくれて、まずホウヅキをむいてひっくり返す。すると丸い実が出てくる。それをゆっくりと口の中で舌を使ってほぐしていくと、少しずつ、実を外した時にできた小さな穴から汁が出てくる。そしてついに、丸い半透明の袋ができあがる。そしておもむろに口から出して遊びが終わる。出した時に、亀裂が入っていたりすると負けである。

これが蛇と似ているというのは、蛇は、脱皮で体表のウロコが剥けるということと、目が輝く(カカヤク)、視界があらたに刷新されるというのが重なっている点。

脱皮の思想が、ウロコ~体表であるにとどまらず、目、視界のあり方の脱皮を含んでいる点に特徴がある。

蛇の思想というのは、学論ではなく、祖母から教わる遊びのようなものの中で伝わっているものなのであろう。生活の道具、生活動作の中などに伝承されており、当人たちも、よく判らないままに、それを実践している。

「起きる」の字の中に「巳(み)」が含まれているように、オコナイの中に、いにしえの蛇の思想が含まれていて、ある時にふと、それが、潜在的な次元から立ち上がってくる。オコ、起き上がってくる。

それゆえに、学論とはなりにくく、研究としての対象化がむずかしく、雑然として焦点をしぼれない。第一に、吉野裕子さんが女性であること。学者ではなくふつうの主婦であったこと。(雑然としたマルチタスクに長けている?)。 在野の研究としてそれができたもので、その意味では貴重な研究である。

かような素朴な古代思想としての蛇信仰の成果を引き継ぐのは、私たちのような、ふつうの在野の研究者ではあるまいか?

図:「蛇に見立てられた植物一覧表」(『山の神/吉野裕子』P.32)
「カカ・ハハ一覧表」(P.34) 「古代の櫛と折り箸」(P.57)

 

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